北村サッカー落雷事件裁判 須賀川一中柔道部事故裁判

           応援ありがとうございました。

12月21日県から上告しないという連絡をいただき 勝訴判決が確定いたしました。
地裁で負けている為 この喜びは倍です。
学校裁判が 本当に難しく大変だということを 身を持って知りました。
見えない真実を探し出し、相手に、謝罪を求めますが なかなか認めようとはしません。
自分達だけでは どうすることもできませんでした。

いずみの過失を1%も取られる事なく とても素晴らしい内容の逆転勝訴判決を勝ち取ることができたことは 弁護士の先生方と支援してくださった沢山の方々のお陰と 心から感謝しております。
これから 少しでも学校事故が減っていきますように、そしてこの判決が、戦われている方々の小さな道標になれたなら これまでの苦労も報われます。

いずみの身体は元には戻りませんが、これからは 穏やかに過ごしてもらえるよう 親としてできる限りのことをしてあげたいと思っております。
年の瀬に 裁判の決着が着き スッキリとした気持ちで、家族一同 新年を迎えることができます。
これからも どうか皆様 私たち家族をよろしくお願いいたします。 
                                             斉野平 
  2002年7月31日 柔道部合同合宿で起きた重傷事故

 私の娘は 2002年7月27日〜31日 4泊5日の 柔道部の合同合宿に参加しました。
27日昼 待ち合わせ場所である駅まで車で送ったとき 元気に「行ってきま〜す」「頑張ってね!!」と言葉を交わし これが 元気な娘の姿を見る最後になるとは 夢にも思いませんでした。

 合宿最終日の31日 突然教頭からかかってきた 娘の命の危機を知らせる電話。すぐに 搬送先の防衛医大病院に向かいました。
 緊急手術にて 命はなんとか取り留めたものの 6年経過した今も意識は戻らず いわゆる植物状態です。
 この世に生まれ 半世紀が過ぎようとしている私にとって 2002年7月31日は 忘れることの出来ない 最悪の記念日になりました。
6年が経ち 心は大分楽になりました。
娘に起きた現実を受け入れることが出来たからかもしれません。
不思議なことに 今 ベッドに寝ている痛々しい娘の姿を見ても 悲しくはありません。
元気なころの娘のことを思い出すと 悲しくて 悲しくて 涙が止まらなくなります。なので 日頃は 元気な頃の娘を思い出さぬよう その話は避けるように努めております。
娘は 最近7回目の手術をしました。
頭の中が感染を起こし、人工骨を外しきれいに洗って縫い合わせる手術です。この先 娘は頭蓋骨の一部(マンゴー程の大きさ)が無い状態で生きていくことになります。
 
 これまでに 何度も命の山を乗り越えてきました。
肺炎を起こし もう駄目かもしれない・・・と思ったときも 娘は乗り越えてくれました。
元気な頃に私と交わした約束を 覚えているからかもしれません。
「お母さんは あなたがいなくなったら 生きていけない。お母さんを長生きさせたかったら あなたは元気でいなくちゃダメよ。」と言うと 「分かったよ〜」と笑っていました。

 娘は 柔道の合宿3日目起床時より 頭痛を訴えていました。
 その後 倒れる最終日(5日目)まで 頭痛は治まらず 顧問に訴え練習も休みがちだったそうです。
 部員たちに聞いたところ「しきりに頭痛を訴えていて 顧問に『頭が痛いので 休みたい』と伝えていました。」という証言を得ることができました。
学校側からは 謝罪や詳しい状況説明等は一切無く 真実を知るためには 裁判を起こすしかありませんでした。

顧問は「頭痛の訴えは1度も聞いていない。」と証言し
地裁判決は ≪頭痛は無かった。若しくは あったにせよ 高校生にもなれば 自分の身体の不調は訴えられるはずで それをしなかった者の責任まで 顧問が負う必要はない≫
 という 県側の証言を全面的に認め こちら側の証拠(部員たちに録取したテープ)は 一切認めてもらえない判決結果でした。
上記の判決に納得できるはずもなく 東京高裁に上告し 現在戦っております。

 近年 柔道が中学校の必修(選択制ではあるものの)になります。
 それに向けて 指導される先生方の怪我や病気に対する意識向上に、もっともっと ご尽力をお願いしたい。
 重篤な事故を防ぐ為には、小さな予兆を見逃さず とりあえずは医師に診せるという体制を作るべきだと思います。
 硬膜下血腫は 最初の打撃で起きた脳震盪の症状を 決して軽く見ることなく医師に診せ 練習再開には 医師の判断を仰ぐことが、※セカンド・インパクト症候群を防ぐ道なのだと思います。
 しかし それでも事故は100%防げるものではありません。
やむを得ず 事故が起きてしまった場合、しっかりとした調査の上 指導者のミスが認められた場合、隠蔽や言い逃れをすることなく 謝罪をすることが 被災者の心の回復に繋がるのだと思います。
難しいことではありません。私たちが幼少の頃から教わってきた
《悪いと思ったら 素直に謝る》です。
被災者側が求めているのは、そういう簡単なことなのです。

                                   2002年12月20日
                                     斉野平 弘子

※セカンドインパクト症候群とは

最初の頭への衝撃で 脳震盪を起こし、その後 短期間に 2度目の衝撃が加わることによって 取り返しのつかない重篤な症状を引き起こしてしまうこと。
セカンドインパクト症候群を防ぐことが 死亡、重度障害などを 大きく減少させる。
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